誰にも理解されぬ悪人と幼い悪人の場合

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 誰にも理解されぬ悪人と幼い悪人の場合    小学校の休み時間だ。  子供達が駆け回る、鬼ごっこ。  低学年らしいその子供達は、捕まえ、捕まらず、校庭を駆け巡っていた。 「捕まえた!」  一人がそう叫んで、お下げ髪の女の子の背を叩いた。 「きゃあっ」  弾みで転んだ女の子はかすり傷一つ無いのに大声で泣き出した。 「あらあら、びっくりしたのね」  眼鏡をかけた中年の女性教師が女の子の頭を撫でた。女の子は()ぐ笑顔になった。  彼は反吐(へど)が出そうだった。  ああ、なんて(うるわ)しくて醜いのだろう。  女性教師はぱんぱんと手を叩いた。 「休み時間は後五分ですよー」  それを聞いた子供の一人が、傍でぼんやりとタイヤに座っている女の子が被っていた帽子を奪った。 「あ」  短い髪のその女の子はぽかんとした声を上げて、帽子がぽいっと学校の生徒が丹精込めて育てたであろう芋畑に放り込まれるのを見た。ようやく考えが至った女の子が芋畑で昨日の雨でぬかるんだ土の中から帽子を取り出したとき、休み時間終了のチャイムが鳴った。 「何してるの。汚れちゃってまあ」  女性教師が呆れる声に、靴から膝まで泥に濡らした女の子は小さく謝ったようだった。  子供達が(はやし)し立てる声が聞こえた。  彼は満足げに小学校のフェンスから離れた。  ああ、なんて汚くて美しいのだろう。  春分の日は酷く暖かな気候で、彼の伸びきったシャツ一枚という格好でも寒さを感じず、むしろ彼は今日と云う日の期待感に対してあまりに暖か過ぎるとさえ思った。  隣を行く年寄りが「寒い寒い」と何枚を着こんでぼやいているのが信じられなかった。 「ハッピーマンデーか」  突発的に呟いた。今日は月曜日ではないのだけれど、春分の日がカレンダー上では移動したおかげで今日は学校があったのだ。本当に移動したのかまでは知らない。  彼には学校のあるなしは無関係であったから。  十八年の人生で、学校というものに彼は縁があまり無かった。学校から連想するのは、常に取ってきた一が一つとゼロが二つ並んだ答案用紙と、家庭訪問に来て諦めて帰って行く教師と、声変わり前の子供特有のキンキンとした声。  そんな「人生」の欠片はもう必要ない。  そう感じて、彼は自宅のアパートの扉を開けた。
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