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絵馬なんて書くのは初めてだった。
「ビギナーズラック、あるかもしれへんな」という佳子の言葉に背中を押され、僕は絵馬いっぱいに願い事を書いた。子宝についてだけを書くのは気恥ずかしくて、ごまかすように、思い付く限りたくさん書く。
「仕事が上手く行ってほしい」、「新しいテレビがほしい」。
「トンカツが食べたい」と書いてから、ニンカツを思い出して、なんだか一人で気まずくなって、その横に「焼肉が食べたい」と書き足す。
「から揚げも食べたい」、「ラーメンも食べたい」。
「ちょっと、多すぎへん?」
佳子の声にびっくりし、他の参拝客もこちらを見る。
「多すぎたら、あかんのかな」
「うーん」
「加太駅に貼ってあったポスターにも、『愛が、多すぎる。』って書いてあったで。多すぎるんが流行りやで」
煙に巻くように、いつもより早口でそう言った。まさか鵜呑みにするとは思わなかったが、佳子は突っ込むでもなく、目を丸くしているのでこちらが焦る。
「どうしたん?」
「アイって、あれ?虚数のこと?」
「は?」
キョスウってなんやったかな?フクソスウの友達かなんか?
今度は僕の目が丸くなる。
「愛って、愛やろ。ラブやんか、ラブ」
ラブだなんて、口に出す機会が生涯であるなんて。もう今後死ぬまで縁のなさそうな横文字だ。
「なんや、愛か。もしかしてヨウ素ちゃうわな、とかまで考えてしもたわ」
「ヨウソ?」
「元素記号がIやねん。虚数のiとか、ヨウ素が多すぎるわーって、南海っておもろい会社やなーって一瞬思ったんやけどな」
おもしろいのは佳子の思考回路である。数学と化学が好きなのはわかるが、頭が良いのか一周回ってアホなのか。
「おもろいなあ」
「せやろ?」
威張るような顔を作る佳子の頭を撫でる。
もう一度、神様への願い事を強く念じた。
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