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脳と口が直結していると思い込んでいるもんだから、佳子に言い出せないことがあるとは、思いも寄らなかった。
どうやら佳子は、婦人系の病気にかかりやすい家系であることを気にしているらしい。
それを知ったのは、めでたいでんしゃで加太に向かっているときだった。
3歳くらいの男の子が、お母さんと一緒に電車に乗り込んできた。たまたま向かいのシートに座った親子は、魚型の吊り輪を見て楽しんでいたが、そのうちに男の子がこちらに目線を投げ掛けてきたので、僕は自然と微笑んでいた。
その様子を見ていた佳子が、「ごめんなあ」と口を開いたのである。
めでたい電車に初めて乗る僕は、男の子と同様はしゃいでいたが、急に冷たい水を掛けられたように目が覚めた。めでたい気分だった自分の能天気さに、はたと気が付く。
「子どもができない未来」を考えていなかった僕は、ずるかったのではないか。
僕が持たなかった分の不安という荷物を、佳子は1人で背負っていたのではないか。
その荷物を半分、分けてほしかった。
「大丈夫やよ」
「ほんまかなあ」
確かに、無責任な発言だった。そもそも「大丈夫」とはどういう状態を指すのか?そのうち子どもができるよ、という「大丈夫」なのか。子どもができなくても「大丈夫」なのか。自分でもわからないんだから、佳子に伝わるわけがない。
しかしそれが、僕の掛けられる全ての言葉だった。その一言で話はなんとなく終わりになって、結局加太に着くまで何も話さなかった。海に近付いていく景色を、窓越しにただ眺めていた。
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