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「いやっ……、そんなこと、ないよ」
食欲がないとかお腹がいっぱいとか、どっちでもちょうど良い言い訳になったはずなのに、僕はせっかくのチャンスをみすみす逃がしてしまった。
どうも昔から、祖母には頭が上がらない。
物心つく前にとある災害に被災してからこっち、僕は祖母と二人暮らしだ。
父も母も、居たという事実だけは書類の上で知っているけれど、思い出はなにもない。
なにもないから、他人が思うほど僕は自分の身の上を不幸だとは思っていない。周りは好き勝手なことを言うけれど、それでも僕は祖母とのひっそりとした暮らしを気に入っていた。
とは言え、祖母と暮らしていた田舎ではロクな就職先もなかったので、家を離れることを余儀なくされてしまった。
最初は耐え難くさみしかったはずなのに、一人暮らしも初めてしまえば案外と楽しくて、僕は次第に祖母のことを心の隅へと追いやっていたらしい。
薄情な僕は、数年間顔をみせることさえしなかった。
気がつけば、祖母は今年で御年90歳。
まだまだ身体は動くらしいけれど、元気なウチに顔を見ておかなければ、という義務感にも似た感情に突き動かされて今年は帰省する運びになったはずだった。
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