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「……なんだっけ、あのセーラー服にムラムラするみたいな名前の!」
女性がぶふっと吹き出し、男性は目を細めてこちらを見た。声に出ていたらしい。
「あ、いや、すいません。そのわたし、作家名覚えるの苦手で……っていうか会話勝手に聞いてすみません、その」
慌てるわたしに、女性はまだ笑いながら、
「叢制服(くさむらせいふく)先生ですよ。どんな覚えかたしてるんですか」
と教えてくれた。
「ああ、ありがとうございます……叢先生すみません」
「気にしていないよ。だが、外でそう呼ぶのはやめてくれないか。私の本名は位手袋(くらいてぶくろ)というから、そちらで呼んでくれ」
どっちにしろ個性的な名前だな、と思いながら、わかりました位さん、とわたしは言った。
「位さん、常連なんですか?」
「ああ。締め切りがなければよく来るよ」
「へえ。和菓子、お好きなんですね」
「好きだよ。和菓子も、この静けさも」
閑散とした店内はたしかに、落ち着ける雰囲気がある、と言えた。活気がないとも言えるけれど。
「でも、このクオリティならもう少し人気が出てもいいと思いますよ。取材とか受けてないんですか?」
「取材のほうはお断りしているんですよね」
「それはどうして。メディア嫌いな店主さんなんですか?」
「店主は私ですよ。ワンオペです」と女性は笑った。「メディアそのものは嫌いじゃないんですけれど、もしもお客さんが増えてしまったら、こんな風にカウンターでお話できなくなってしまうので」
「へえ。でも、経営的には?」
「伯父の遺産と私の貯金でどうにかなってます。土地も伯父のでしたし、まあ道楽みたいなものなんですよ」
「へえ……」
静かな和菓子屋さんで、宣伝のことも考えずに気ままに綺麗な和菓子を作って売りながら、常連さんとおしゃべりをして過ごす。そんな日々を送っている人がいるんだ、とわたしは少し感動した。
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