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漫画のネタにできるな、とも思った。和菓子屋の娘と小説家の男の穏やかな日常。このまま自分で想像を膨らませていくのも悪くないけれど、もう少し話を聞いたほうがリアリティが出るだろう。
「あの……わたし、フリーの漫画家やってるんですけれど」
「漫画家さんなんですか。凄いですね」
「それで、ちょっと今ネタに困っていて」わたしは言葉を慎重に選びながら、「その、……お名前なんでしたっけ?」
「私ですか? オトリです」
「ありがとうございます。それで、オトリさんをモデルに描いてみようかと思ったんですが、もっと色々質問していいですか? もちろん、モデルにしたことは誰にも言わないので、宣伝にはならないです」
「あら、どうしましょう」と女性……オトリさんはわざとらしい口調で考え込む。「別に、漫画のネタになるほど濃い話もないですよ? ねえ、位先生」
「……ああ、そうだな」
「細部まで取材してリアリティを追求できればそれでいいんです。キャラの味付けは得意なので」
「そうですか。わかりました」オトリさんは頷いてくれた。「でも今日はそろそろ閉めようと思うので、また後日でいいですか?」
「え? そんなに早いんですか閉店時間」
「いえ、知人がやってるバンドのライブがあるので」
「はあ……じゃあ、明日でもいいですか?」
「かまいませんよ」
「ありがとうございます」
そしてわたしは、お代を払って店を出た。家に帰ったとき、店名の読み方を訊き忘れたことに気づいた。
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