2 カウンター席と薄明かりのうたかた

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2 カウンター席と薄明かりのうたかた

「あ、どうも」 「こちらでお召し上がりになりますか? それともお持ち帰りですか?」 「あ、いえ。その、ここで食べます」  なぜか緊張してしまう。なんというか、この人の前で無礼を働いてはならない、みたいな空気を感じるのだ。 「カウンター席とテーブル席、どちらになさいますか」 「えっと……カウンターで」 「カウンター席ですね。では、空いてるところにご自由にどうぞ。ご注文決まりましたら呼んでください」  わたしはカウンター席の一番はしっこに座る。温かい緑茶をありがたくいただきながら、注文を考える。  そして、最初に気になったまんじゅうを三種類注文する。こしあんを選ぶ。あまり待たずとも出てくる。写真を撮って、ひとつめの和菓子らしい甘味に舌鼓を打っているとき、客がひとり入ってくる。  三十歳後半くらいに見える痩せた男性。黒い目からは知性と共に、厭世的な性質を感じる。 「あ、いらっしゃいませ先生」  女性が言い、「ああ」と男性が言うので、知り合いなのかと驚く。和菓子作りの先生だろうか? とそれとなく耳を傾けてみると、どうやらそういうわけではなさそうだった。 「原稿、終わったんですか? 締め切り昨日でしたよね」 「終わらせたよ、今朝。イヌイがいい加減にしろと言っていた」 「いい加減にしてあげましょうよ」  恐ろしい会話だ。この男性は心臓の強い作家のようだ――漫画家だろうか? 指に黒いインクが少しついている。 「次ってどこに載るんでしたっけ」 「たしか……季刊COREだな。短編になる」 「そうですか。先生の短編、好きなんですよねー私。先々月の長編は微妙でした」 「先々月? 何を出したっけ」 「『薄明かりのうたかた』ですよ。あの、夜明け前に浴槽で自殺している人が次々発見される……」  わたしはそれを聞いて驚く。 『薄明かりのうたかた』と言えば、月毎の書店調査で二ヶ月続けてランキング一位を独占した話題作だ。ミステリー小説を読まないわたしでも、テレビで紹介されていたから知っている。  ということは、この男性がその作者の……、えっと……。
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