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3 取材とリアリティの追求
次の日、メモノートを持って和菓子屋に赴くと、またオトリさんと位さんが同じ位置で話していて、少しだけ入るかどうか躊躇う。仲好し同士が和気あいあいと話しているところに割って入るのって勇気がいる……!
一分くらい右往左往して、でも行くって言ったし、と自分を説得してのれんをくぐった。
ちょうど位さんが会計をしているところで、オトリさんはわたしの入店に気がつかない。わたしは無言でカウンター席に座り、会計が終わるのを待った。位さんが財布をポケットにしまい、また来るよ、いつでもどうぞ、の応酬をしてから出ていく。
オトリさんはのれん越しに出ていった背中をしばらく見つめて、それからわたしに声をかける。
「いらっしゃいませ、昨日の漫画家さんですよね。お待ちしておりました」
「あ、どうも」
わたしは煎餅を六枚頼んで、注文が届いてから本題を切り出す。
「それで、取材なんですが……今で大丈夫ですか?」
「はい。他のお客さんがご来店した際には、そちらを優先しますが」
「それでいいです。では――」
わたしは和菓子屋さんを始めた理由や、価格の理由、材料の仕入れ先、客層、最初に作ったもの、と色々なことを訊いた。オトリさんは真摯に答えてくれた。面白いエピソードや興味深い話をたくさん聞かせてもらった。和菓子屋さんの話を描くうえで必要な情報をほぼメモしたあと、最後の質問のつもりで訊いてみた。
「あの、常連の作家さんいるじゃないですか」
「位先生のことですか? いらっしゃいますね」
「オトリさんと位さんって、どういう関係なんですか?」
「どういう、と言われましても……」
オトリさんはそこで初めて言い淀んだ。やっぱり何かあるんだ、とわたしは思った。
「常連さん、ですよ?」
「本当にそうですか――それだけですか?」
「……どうして疑うんですか?」
「わたしも女性の端くれですから、オトリさんが位さんにどういう眼差しを送っているかわかりますよ」
言いながら、そうは言ってもろくな恋愛経験がないから外れてたらどうしようと思う。
でも続ける。
「オトリさんって、位さん以外によく話す人っているんですか?」
「……まあ、常連さんはあの人だけですし」
「たったひとりの常連さんと話すためだけに、静かな空間を作っているのでは?」
「……リアリティの追求ですか?」
「ですね」
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