4 名探偵と記憶力

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4 名探偵と記憶力

 するとオトリさんは肩を竦め、「まるで探偵みたいですね」と言った。 「でも駄目ですよ。推理を語るなら、他の言い訳が通用しないくらいの証拠を固めてからでないと。探偵の常識です」 「……そうですか」 「しかし、アマチュア以下の探偵なんてそんなものでしょう。だからまあ、言い訳は『向けているのは恋愛感情なんかじゃない』くらいにとどめておきます」 「恋愛感情じゃない……なら?」 「尊敬の念と感謝の気持ちですよ」オトリさんは言った。「私があの名探偵に向けているのは、それくらいです」  名探偵?  話が変な方向になってきたぞ? 「私のお父さんは犯罪者でした。そしてその事実を暴いたのは、十年前の当時に探偵として捜査協力をしていた位先生その人でした」  オトリさんは自分で淹れた茶を飲みながら、懐かしむように語り始めた。それは彼女の数奇な運命だった――幼くして母親を父親に殺され、孤独になった彼女は親戚に引き取られた。彼女が高校生になる頃、幼少時のおぼろ気な体験とミステリー小説の読書、そして近所に名探偵と言える存在がいることを知ったことから、探偵助手を志した。 「位先生が私のお父さんを断頭台に導いたなんて、そのときは知らなかった。でも位先生は覚えていた。先生は覚えているんです、何もかも。記憶力がとてもいいんです」  熱烈なアプローチの甲斐あって、オトリさんは位さんの探偵助手としてしばしの運命を共にした。たくさんの遺体を見て、たくさんの凶悪犯を見た。自分が危険に晒されることもあれば、位さんを危険から助けることもあった。トラウマになったりうんざりすることもあった。勉強との両立も大変だった。でも、彼女はそんな日々が楽しかった。ずっと続けばいいとすら思っていた。
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