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「......あ、あなたに合った花言葉を......」
「なるほど! つまりその花でブレンドしたコーヒーを」
わたしはかぶりを振った。
「その。 ラテアートで......」
「ああ、ラテアートか!」
打てば響くような受け答えは嫌いじゃない。 ちゃんと自分の声が届いたのだと安心できる。
「母親もラテアートやってたんですよ」
これまた何という偶然だろうか!
男性は母親の姿を思い返すように視線を持ち上げる。
「......あの、これを......」
レジ横から一枚の紙を抜いて、ペンと共に差し出す。
その紙には、花言葉を送るにあたっての質問が用意されている。 その解答に見合った花言葉を贈るのがこのメニューの特徴だ。
キュポンとペンのキャップを外して、さらさらと手短に質問に対する答えを書いていく男性。
「じゃあ、これ。 よろしくお願いします」
紙を受け取って、早速、男性に合う花言葉を頭に思い浮かべる。
花言葉に詳しいことは自負しているので、多数ある言葉の中から最適なものを選ぶのは容易だ。
......うん。 あの花だ。
今度は手動式から電動式に切り替えて、ラテボウルにエスプレッソを注ぐ。
ピッチャーでミルクを注ぎ、水面に溜まったミルクを爪楊枝を用いて花の絵に手際よく描いていく。
ほどなくして完成したラテアートを、男性に差し出す。
男性は、表情を輝かせ感嘆の声を洩らした。
「いやあ。 こんな間近で久し振りにラテアート見ると故郷を思い出しちゃうなあ。 ......あ、この花の名前は?」
「......ガーベラ、です」
「ガーベラ、か」
男性は頷きながら、水面に浮かんだガーベラのラテアートを眺めている。
わたしは、ガーベラの花言葉を呟いた。
「花言葉は、『希望』と『常に前進』です」
アンケートを見たところ男性は田舎から上京してからの日は浅く、そして勤めている会社ではなかなか上手く事が進まないのが悩みだと書かれていた。
わたしは励ましの意を込めて、ガーベラを選んだ。 男性にぴったりの花言葉だ。
「そんな励ましを崩しちゃうのは勿体無いですね」
持ってきていた革の鞄から携帯を取り出して、一枚パシャり。
その撮った写真は何に投稿するのだろうか?
「では、ありがたく頂きます」
一緒に渡した銀のスプーンで少しずつガーベラを崩しながら味わっていく。
どうしてか、その仕草が愛おしく見えた。
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