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わたしと目を合わせると、男性はふっと微笑んで、
「そういえば、貴方の名前を聞いてませんでしたね」
「......わたしの?」
「そうです。 僕は若井 優太って言います」
手を差し出してきそうな気さくぶりに、わたしは戸惑いながらも答えた。
「は、琲珈 もかです......」
カフェで働くことを先祖代々受け継がれてきたかのような名前だ。 小学校の頃は「コーちゃん」と呼ばれていた記憶がある。 きっと琲珈を入れ替えて珈琲にしたのが理由だろう。
......いま思えば、誰だったのだろう。 小学生で珈琲という難しい漢字を読めたのは。
若井さんは驚いたように腕を組んで、
「珍しい苗字ですね。 カフェで働くのが定められていたみたいだ」
「......わたしもそう思います」
「でも、それ故にこのお店も“ 人気 ”が出たら注目を浴びるんじゃないですかね」
ーー人気、か。
その言葉を聞くたびに、父のことを思い出す。
「......もしかして、禁句でした?」
わたしの表情を汲み取ったのか、若井さんは自嘲気味にわたしの顔を覗き込んでくる。
別に禁句というわけではない。 この人なら、話しても良さそうだ。 もっとも、人に話せないような暗い内容ではないので、誰にでも話せるのだが。
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