【前編】ガーベラ

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わたしと目を合わせると、男性はふっと微笑んで、 「そういえば、貴方の名前を聞いてませんでしたね」 「......わたしの?」 「そうです。 僕は若井(わかい) 優太(ゆうた)って言います」 手を差し出してきそうな気さくぶりに、わたしは戸惑いながらも答えた。 「は、琲珈(はいか) もかです......」 カフェで働くことを先祖代々受け継がれてきたかのような名前だ。 小学校の頃は「コーちゃん」と呼ばれていた記憶がある。 きっと琲珈を入れ替えて珈琲にしたのが理由だろう。 ......いま思えば、誰だったのだろう。 小学生で珈琲という難しい漢字を読めたのは。 若井さんは驚いたように腕を組んで、 「珍しい苗字ですね。 カフェで働くのが定められていたみたいだ」 「......わたしもそう思います」 「でも、それ故にこのお店も“ 人気 ”が出たら注目を浴びるんじゃないですかね」 ーー人気、か。 その言葉を聞くたびに、父のことを思い出す。 「......もしかして、禁句でした?」 わたしの表情を汲み取ったのか、若井さんは自嘲気味にわたしの顔を覗き込んでくる。 別に禁句というわけではない。 この人なら、話しても良さそうだ。 もっとも、人に話せないような暗い内容ではないので、誰にでも話せるのだが。
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