462人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ
とりあえず、右だな。
そう決めて一穂を見ると、あれ、何だか嬉しそうだ。
「一穂、どうかした?」
「な、何が……」
「いや、なんかさっきまでと違う気がして」
気のせいかな……。あっ、泣いたからか頬が土でよごれている。
ハンカチなんて持ってないので、顔に手を伸ばし親指で拭うと一穂がびっくりして息を飲んだ。
「土で汚れてたから。俺普段からハンカチとか持ってなくて、びっくりさせたかな。でも、お前の綺麗な顔に傷がついてなくて良かったよ」
にこりと笑うと、一穂が真っ赤になってうつむいた。
「急に優しくしないでよ……」
「ハハハ、そうかな」
「そうだよ」
ジャージに付いた土をパンパンと豪快にはらって歩き出す。
「ちょっと急ぐぞ」
「うん。………ねえ、さっきから名前で呼んでるの気づいてる?」
その時、遠くで誰かの声が聞こえた気がした。
「今何か聞こえなかったか?」
「……何も」
「そう言えば、さっき何か言った?」
ううんと首を横に振るので、まあいいかと聞くのを止めた。
「バスの時間まで後20分だ。行こう」
ちゃんとついてこられるか注意しながら、少しずつスピードを上げる。
「一穂平気か?辛かったら言えよ」
「大丈夫。………ずっとそうやって名前で呼んでよ」
一穂が小さく呟いた声は、俺には届かなかった。
最初のコメントを投稿しよう!