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「しかし、驚いたよ。まさか紀がこの世界に来るなんてさ、ねえ。どう思う、マトリョーシカ?」
『……随分嬉しそうですね、王様。彼女が来たお陰で、貴方も笑うようになった事は悦ばしく思います』
「相変わらず、無表情だね。君は、でも。確かに僕も笑えるようになったかも知れない…ね…。まだ、欠片は足りないけどさ」
『まだ、記憶(メモリー)をお探しなのですか、いい加減此方の住人になれば良いのに。貴方も素直じゃありませんね、王様』
「ははっ、そうかもね。けど、無理も無いんだよ、僕は自分の名前を無くしているからさ……」
言って、彼は悲壮な顔を見せる。その姿にさえ何の感情味も見せない彼女、マトリョーシカは首を捻っていた。訝しげ、というよりは寧ろ言葉の意味をも全く分からない様子だ、やはり人形に過ぎないのだろう。これも、失敗か、密かに王はそう呟く。
トッ
「……りう、紀はもう眠った?」
「……えぇ。少し不思議がっていたわ、やっぱり王様の事を見覚えがあると言っていた。間違いない、彼女は本物の紀。けど、怯えてるの。だから一旦、お城に案内しても良いかしら?」
小さな足音に気付き、早々に女に話しかけた彼はそう一言だけを訊ねる。途端に紀を気遣うように、りうがそんな提案をしてきた。影の中に身を潜める彼女は返事を待つ間に、ごくりと固唾を飲み下して緊張を解そうとしていた。
「構わないよ。でも、明日は僕も行こうかな、あの城は広いからね。流石の君でも迷うでしょ?」
「そうね、間違えて牢獄部屋なんて案内したら、紀が余計に警戒するものね。今回は王様に任せるわ」
「拷問室の間違いでしょ。あの城は仕掛けも多い、それに番人が居るからね。人間が感知されたら最後なんだ。紀だけは殺さないでよ?」
「善処するわ」
『お、王様。早急に申し上げます、人間達が脱走しました!』
二人の会話を遮って、突如。くまのぬいぐるみが駆けて来た、否、着ぐるみを着た少年だろうか。彼は息を切らしながら、荒く呼吸を吐いて、りうを上目遣いに見つめる。さながら、慌てて逃げ出してきたのだと察した彼女は着ぐるみの彼の頭を踏み付ける。
「ベアドール、他の者はどうしたのよ?」
『その、人間が武器を隠していたらしく。全員狩られました、早急にお逃げ下さい』
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