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管理人室のカーテンは開いていて、演歌歌手より脂ぎった顔の60過ぎの管理人がエントランスに駆け込んだ翔琉の顔をじっと見ていた。その瞳に感情があるのかないのか、翔琉には分からなかった。
エレベーターに乗り、7階のボタンを押す。たった7階まで上がるのにとても長い時間を要した気がした。
慌てて帰ってみたものの、玄関ドアにはかぎがかかっていて室内には母親の姿もなかった。
テーブルの上にメモがあり、病院の名前はあるが住所はない。母親が慌てているとそれで分かったが、許せる気持ちにはなれなかった。
「どこの病院なの。学校から、真っ直ぐ行った方が良かったんじゃないのか」
電話をかけて母親を責めた。
『だって、しょうがないじゃない』
話しの内容はともかく、電話の向こうから聞こえる声は冷静だった。そのことに、翔琉の感情が泡立つ。何がしょうがないのか、理解できなかった。
『とにかく、留守番していて』
トモエは言いたいことを言うと電話を切った。
「何をしろというんだよ」
留守番と言われてもどうしたらいいのか分からない。
時間を潰すためにゲームのスイッチを入れた。
『夜の墓場で口笛を吹いてはいけないよ。死霊に憑りつかれるからねぇー』
蒼い顔の美女の警告を受けたところで電源を落とす。呼吸をするのと変わらないゲームさえ手につかなかった。
「クソッ」
ベッドに寝転がり天井を見つめる。
「父さん……」つぶやいたのは、父親の顔を思い出すことが出来なかったからだ。
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