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譲司の遺体は、午後になってからマンションの集会場に運び込まれた。そこで通夜が行われ、葬儀は後日、葬儀場で行われる。
葬儀社の社員と管理人が協力し、通夜の準備が淡々と勧められる。だれも泣いてもいなければ、悲痛な面持ちでいないことに翔琉は不満だった。しかし、そう考える自分が泣いていないのだから、他人に悲しめというのはずるいことだと思った。
「会社の机に座ったまま死んでいたらしいのよ。朝、最初に出社した人が発見したんだって」
死因が心筋梗塞だと説明するトモエの顔にも涙はない。そのことに翔琉は疑問を持たなかった。あの人と同じなのだ。……翔琉は会場に白幕を張る管理人に眼をやった。
黙々と準備が進められたように、通夜の儀式も淡々と進められた。準備の時と違っていたのは、トモエの頬に涙が光り、会社を代表して参列した営業部長と人事部長が、遺族に過労死だと言われることを恐れて精一杯悲し気な苦渋に満ちた顔を作っていたことだ。
翔琉も相変わらず泣くことが出来なかった。父親が死んで悲しまなければならないはずなのに、ゲームの中で沢山の同級生を殺している時と同じように哀しみを覚えることができなかった。ただ、空虚な風が心の内をふく感覚だけがあった。
午後9時過ぎに儀式が終わると、広い会場にトモエと翔琉だけが残される。まるで悪戯がばれて居残りを命じられた生徒のようだと翔琉は感じていた。
本来なら故人の思い出などを語り見送る場だが、2人は口をきかず遺影を、棺を、線香を見て時を過ごした。
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