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ホテルは8月に入ると賑わいを増す。
夏休みが始まる7月から繁忙期に入り、ホテルは数々の企画商品を打ち出す。自分へのご褒美おひとり様宿泊プラン、家族で夏休みプラン、ディナーショー付きプラン、エトセトラ・エトセトラ。
そして8月も半ばが過ぎお盆休みの時期ともなると、地方からの東京旅行、東京で行われるイベントやコンサートのための宿の確保など更にホテルの需要は増す。
宿泊客だけでなくプールで泳ぎ食事をして帰る日帰り客も多い。食事付きプール券も順調に売れている。ハイクラスホテルでのひとときは都会人にとって、今も昔もステイタスを実感できる休暇の過ごし方のひとつのようだ。
ホテルの繁盛に比例し、従業員が慌ただしく仕事に忙殺される季節でもある。
ヌークリア商事も例外でなく、今日も今日とて倉庫での作業に社員揃って駆り出されていた。ホテル内からの注文、卸経由ではなく直接取引をしている得意先からの注文などが重なったため、臨時に倉庫に大量の商品をストックする事になったのだ。
「リーフパイとクッキー、来たよ。割れちゃうといけないから丁寧に扱ってね」
坪田課長が新しく台車で届いたギフトセットの山を前に声を上げて指示をする。後退しかけた額に玉のような汗がにじんでいた。空調が効いているとはいえ、この季節である。動き回っているとすぐに汗まみれになってしまう。
多香子は着いたばかりの台車の荷物を営業の男性が下ろすのを待ち、数量の確認に余念がなかった。伝票と照らし合わせて実際の数量と差異がないかをひとつひとつチェックする。いくらパソコン万能の時代になっても、こういう作業は結局人の手で行われる事になる。
多香子はスイーツ関連を、その隣ではちろるがドレッシングのチェックを行っていた。
ふと横を見ると、ちろるがくるくると自分のシャギーをいじりながらドレッシングのひとつを取り上げて見入っている。
「どしたの?」
多香子が声をかけると、
「ねえ、多香子さん。ドレッシングって、スーパーとかで冷蔵ケースじゃなくて普通の棚に置いてあるっすよね。・・・冷蔵ケースに置いてあるのもあるけど、大部分は常温で置いてあるでしょ。どうして冷蔵庫に入れなくても腐らないんすかね?」
「えー、そんな事考えてたの? そんなのいいから手を動かしなさいよ。もう終わったんならこっちも手伝ってくれない?」
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