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何故だか、ゼアンの顔が浮かんだ。怒り任せに斬り殺そうとするルスタに、ゼアンはきっと、殺すなと言ってくる。恨みを晴らすよりも、裁きに任せることを彼は望むだろう。
ゼアンとは、本当はそういう優しい人間だ。
ルスタは大きく息を吐きだした。誤ってグラエムを殺さないよう、怒りを逃がす。
それでも、声は厳しいものになった。
「人の人格を無視した非道な行いを私は許さない。私の恋人を傷つけた罪も、決して許しはしない」
剣を離し、グラエムを見下ろす。
「覚えておけ。一生の後悔を味わわせてやる」
ゼアンの知らないところで、一生苦しんで、つらい思いをして生きればいい。
親衛隊がグラエムを捕らえる。このままで終わるか、いつの日か首を取りに行くと叫ぶグラエムが連れて行かれる中、ルスタは大きく息を吐いた。
***
とても寒かった。体が芯から冷えていて、とても暗い檻の中に閉じ込められているような、そんな感覚だ。地中で一人、膝を抱えている。
そんな中で温かい手が肌に触れた。頬がじんわりと熱を持ち、気持ち良く感じる。
優しく撫でられていると、少しずつ意識が夢から現実へと引き戻されていった。同時に体に痛みを覚え、顔を顰める。
「……まだ、痛いのだな」
「だが、峠は越えたって医者は言ってたぜ」
聞き覚えのある声と知らぬ人間の声。
ゼアンは薄っすらと目を開けた。
「ゼアン?」
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