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いつの間にか唇が離れ、糸を引いていた。呆然としているルスタの唇に、ゼアンの指先が当てられる。丁寧な手つきで口元を拭われ、同じように自分の口もゼアンは拭いた。
「俺が寝ている間に、何かありました?」
気遣う声をかけられて、ルスタは何故彼がそんなことを聞いてくるのかわからなかった。急にキスをしたからだろうか。雰囲気が違うと勘付き、警戒しているのだろうか。それならば、なんでもないとごまかし、いつも通り一緒に眠りにつこう。
そう思ったルスタに対して、ゼアンはおずおずと口元にキスをした。
目を瞬くと、ぽたぽたと涙が零れてくる。頬を流れる涙をゼアンは片手で拭い、もう一方を唇で止めた。
「……あなたが泣くのを初めて見ました」
「私も……久しぶりだ」
「俺は、実はよく泣きますよ。両親が死んだときも泣き喚きましたし……、あなたの前でも泣いたことがありますね。それに、小さい頃は転んだとき必ず泣くから、父さんから泣き虫だって笑われました」
「じゃあ、背中を怪我したときも泣いたのか?」
「……泣けませんでしたね。そんな状況ではなかったので。でも、泣きたい気持ちでしたよ」
顔を上げると、涙で歪んだ視界にゼアンがいた。こちらを元気づけようとしているのか、小さく笑みを浮かべている。
その顔を見た瞬間に、ルスタは悟った。
彼を罰することなど、自分には出来ないだろう。何か理由をつけ、ゼアンは悪くないと思い込みたくなる。裏切りなんて嘘で、こうして向けられている笑顔が本物なのだと、ルスタは信じたくなった。
ぎゅっと抱き締めると、ゼアンは無言で受け止めた。背中の傷が痛むはずなのに、抵抗もしなかった。優しく背中を叩き、「大丈夫です」と慰めてくる。何が大丈夫なのかわからなかったけれど、その言葉はとても素直にルスタの心に沁みた。
この優しさが嘘だなんて、なんて残酷なのだろうか。
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