167人が本棚に入れています
本棚に追加
/112ページ
貴族の考えることは恐ろしい。確実に殺すためには刺すだけでなく、毒まで使うようだ。民の噂は偽りではなかった。ただ国王になりたいがため、人を殺すことも厭わないグラエムが恐ろしい。
ここで嫌だと逆らえば、グラエムはいとも簡単にゼアンを殺すだろう。彼はゼアンの命にそれほどの価値を見出していない。いや、彼にとって価値ある命など、自分のもの以外にない。
だから、ゼアンは商人らしく笑みを貼りつける。逆らったら殺される。損得勘定すれば、ここでの正しい反応は決まっていた。
「これを手に、ルスタ様を襲えばいいんですか? 想いを寄せる女を盗られたと言って」
「そうだ。ろくな情報を持って来られなかったお前が出来る、唯一の活躍だ」
ルスタが裏華苑に通っていると民衆にバラして失脚させる作戦が失敗して、十日。ゼアンは一度もグラエムに実のある情報を持ってくることが出来なかった。だからせめて、ルスタを殺す大役は果たせと言ってくる。
ゼアンは短剣を受け取り、鞘から抜いた。細い刀身がきらりと灯りを照り返し、禍々しい雰囲気を放っているように見えた。
これを使って、今ここでグラエムを刺したらどうなるだろう。
一瞬、そんな考えが思い浮かぶ。
ちらりと視線を上げた瞬間、後ろからイゴールが剣を抜き、首筋に当てた。
「自分の命が惜しければ、滅多なことを考えるなよ」
「やだなぁ……。私はちゃんと、金の分はきちんと働きます」
剣を鞘に納め、台に戻す。害はないと示すため、両手を挙げて、グラエムに笑みを浮かべた。
しかし、相手の方が上手だった。背後にいるイゴールが鼻で笑い、刃を肌に押し当てる。
「お前のことを調べていないと思うか。どうやらルスタの恋人……、そいつは男で最近、裏華苑によく顔を出すようになったと言うじゃないか」
ドキリと肝が冷えた。
笑みが固まるのを見て、グラエムが嘲笑を浮かべた。
「まさか、秘密の恋人とやらがお前だとはな、ゼアン・ジュード」
最初のコメントを投稿しよう!