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「グラエム様!」
「早くしろ!」
イゴールは不服そうな顔を見せながらも、グラエムに従った。ゼアンは彼と顔を見合わせ、にやにやと笑い合う。
「肝が据わったな、ゼアン。良い商売相手になりそうだ」
「国外に逃げた後も、出来ることならお手伝いいたしますよ。もちろん、そのときはジュード家の再興に向けて手を貸していただけると助かりますが」
「はっはっはっは! そうだな、お前が主なら上手く動きそうじゃないか。考えておいてやろう」
「ありがとうございます」
丁寧に礼を返す。
グラエムはイゴールが持ってきた紙に誓約を書きつけた。簡単に記すと、ルスタ・ハーリスを殺害した場合、ゼアンに相当の報奨金を払うことと国外逃亡の手助けを保障する旨が書かれている。
重要なのは、ルスタを殺害した場合のみに限ると記されていること。
「失敗したら、私を切り捨てるおつもりですか?」
「その程度の度胸しかないなら、私の部下には要らぬ。私と手を組むつもりなら、ぬかるなよ」
ゼアンは少し不満を顔に見せたが、すぐに笑顔に切り替える。
「承知いたしました。必ずや、グラエム様の望む結果をお見せいたしましょう」
誓約書と短剣を手に、ゼアンは屋敷を後にした。別れ際、グラエムはゼアンに期待していると告げる。
イゴールに連れられ、知った道まで戻ってくる。辺りに人影はなく、イゴールは「グラエム様の期待を裏切るなよ」と言って去っていく。
ゼアンの手に残されたのは誓約書と毒の塗られた短剣だ。
空を見上げ、まだ裏華苑に行くには早い時間だと見る。家に寄って時間を潰してから、仕事に取り掛かるとしよう。
「……意外と俺、商人の才があったのかもなぁ」
グラエムとのやりとりを思い出しながら、ぽつりと呟いた。
***
家の中で必要なものを整理してから、ゼアンは裏華苑へと向かった。もらった短剣を布で包み、上着の袖のところに隠した。腕を真っ直ぐにしていれば、まず気付かれないだろう。部屋に入ったらいつも通り上着を脱いで、そこらへんに置いておけばいい。ルスタは不思議に思うことなく、手も触れないだろう。
裏華苑までの道はこれで最後になる。そう思うと、いつもより足取りは遅くなった。
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