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ぶらぶらと周りを見回しながら、歩いて行く。素面橋の側にある小屋を見て、あそこでルスタが来るのを待ち伏せたのだと思い出した。
あとをつけていたことを気付かれ、首根っこを掴んで引きずられたときはどうしようかと焦ったものだ。なんとか嘘を重ねて、グラエムとの繋がりを隠すことが出来たけれど、おかげで妙な関係になってしまった。突然のキスと恋人関係の申し込み。
まさか、こんなことになるなんて、あのときは思いもしなかった。
「適当に逃げようと思っていたのになぁ……」
金のため、出来ることは何でもやる。しかし、命までは捨てられなかった。
グラエムはきっと、殺そうと決めたら手段を択ばず殺してくるだろう。そうなれば、逃げ道はない。あれに関わったことで、すべてが決まったのだ。
きっと、出会ったときに決まっていたことなのだ。
ゼアンは頭を振って、捨て鉢な気持ちになるのは止めようとした。それよりも、もっと楽しいことを考える。これからのこと。自分が求めていたもの。心が浮き立つようなことを思い浮かべて、ふっと笑みを零した。
ルスタと会う店、紅花弁にはもう灯りがついていた。ゼアンの姿を見て、心得たように奥へ通してくれる。
廊下を渡る途中、ゼアンは中庭に目を向けて「あっ」と声を上げた。
「どうなさいました?」
先を歩いていた店の者が振り返る。ゼアンは中庭に植えてあるリンゴの木を指して言った。
「花が咲いてる。一本、折ってもいいかな?」
「ああ、いいですよ。実がなっても、誰も食べませんしねぇ」
「ありがとう」
ゼアンはひょいっと窓枠を超えて中庭に降り立つと、小さな白い花をつけた枝を折った。自然と笑みも柔らかくなる。
店の者と別れ、ゼアンは一人で部屋に入った。ルスタが今日、来るかどうかわからないが、ゼアンはきっと来るだろうと確信していた。
あれから毎日、ルスタは店に訪れている。ゼアンの顔を見て、少し疲れた顔で笑みを作るのだ。それから、他愛のない話で時間を埋め、キスをする。何か慰めを求めるような、ゼアンに執着するキスをルスタはするようになった。
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