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上着を脱いで部屋の隅に丸めて置くと、窓際に座った。ルスタがいつも座る椅子の後ろがゼアンの定位置になっていて、そこから中庭を見る。ぼんやりしながら、ルスタが来るのをただ待ち続ける。
ルスタは泣いた日から、少しだけ変わった。見えなかった感情が見えてきた。その感情は、ゼアンにとって心地の良いものだった。だから、キスをされると前よりも嬉しくなる。
手放せないと感じてしまう。
体が冷え、夜も更けてきた頃に廊下から足音が聞こえてきた。窓の外からドアへと視線を動かす。ガチャリとドアが開いて入ってきた人物は、ゼアンの恋人だった。
「こんばんは」
「君はいつもそこに座っているな。夜風が冷たいだろう」
ルスタは上着を脱ぐとゼアンが丸めて置いた上着の上に重ねた。そして、真っ直ぐにゼアンのもとへ来ると、真ん前に座って手を取る。
「ほら、冷たくなっている」
「心地いいんですよ。それより、ほら! 見てください」
温かな両手から手を引き抜くと、後ろに隠していたリンゴの枝を「じゃん!」と言って披露した。
「リンゴの花が咲いてたんです。お店の人にお願いして、頂きました」
「折ってきたのか」
「折らないと持って来れないでしょう。はい、どうぞ」
ゼアンは自分の方に差し出されていた手の上にリンゴの枝を乗せた。花をもらったルスタは少しだけ目を見開いて、驚いた顔をする。
「くれるのか?」
「そのために折ったんですよ」
「自分用かと思ったんだ」
「まさか。自分のためなら折りません。あなたに幸せが訪れますようにと祈って、贈り物です。まあ、人の庭から折ったものですけどね。そこは勘弁してください」
もらった花を見て、ルスタは薄っすらと優しく微笑む。
「ありがとう」
その言葉だけで、ゼアンも笑顔になった。
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