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手を放し、ルスタから離れた。自分を見下ろす優しい視線を受け止めて、ゼアンも笑む。
「着替えましょう。もう、帰らないと」
「まだ朝にもなっていないのに?」
「その前に、あなたはあなたの居場所に帰らないと」
名残惜しむルスタの手を逃れ、ゼアンは近くに放ってある服を取ろうとした。だが、その瞬間、体に痛みが走って息を呑む。
ベッドの上で丸くなったゼアンを見て、ルスタは「大丈夫か」と気遣う声をかける。
「体が痛むのだろう? 待っていろ。君は私が着せてやる」
「……お願いします」
ルスタは手早く自分の服を着ると、次にゼアンの服を手にベッドへ戻ってきた。
「ほら、頭は起こせるか?」
子どもの世話を焼くようにして、ルスタはシャツを頭から被せる。のろのろと腕を持ち上げると、袖を通され、きちんとボタンもかけてくれた。下着もズボンも、ゼアンがほとんど自分から動かずとも、ルスタが着替えさせてくれる。
そうやって、少しずつ時間を稼いだ。自分から動かないことで、ルスタが手を貸してくれる。ベルトを締めるとき、ゼアンは膝立ちになってルスタと向き合っていた。じっと相手を見下ろし、肩に腕を乗せて抱きつくように圧し掛かった。
「こら、ゼアン」
「疲れてるんですよ」
「手元が見えないだろう」
「見えなくても、出来るでしょう?」
手探りで、金具が留められる。
全部、着替え終わってしまった。
ルスタは自分に抱きついたままのゼアンに苦笑して、ぽんぽんと背中を叩いた。
「朝から甘えん坊だな。上着も着させようか?」
「……いえ。それには及びません。もう少しだけ、こうさせてください」
「抱き締めるだけ?」
「はい」
「キスは」
「……抱きしめていたいんです」
キスも魅力的だけれど、今は顔を合わせる勇気がなかった。抱きつく腕に力を込めると、涙を隠して明るい声を上げた。
「キスをすると、離れなくなりますから」
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