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ゼアンの命がまだ、辛うじてこの世に繋がれている今、ルスタは祈ることしか出来なかった。医者に任せ、自分が出来ることをやるしかなかった。
ゼアンが命を賭け、残したものを使うのだ。
控えめにドアがノックされ、ルスタは涙を拭いた。間を置いてから、ウーゴがドアを開ける。
「失礼いたします。準備が整いましたが……」
「わかった。向かおう」
ルスタを気遣うウーゴの目を、いつもの鋭い視線で見返した。主が気落ちしていないのを見て、ウーゴはほっと息をつく。
リンダル王国の親衛隊と共に、ルスタは夜更けに行動を開始した。ゼアンがウーゴの剣で斬られた、その夜である。町の者は皆、寝静まり、ルスタたちは人目を憚って移動していた。
黒い外套に身を包み、剣を腰に提げてグラエム・シャハルの屋敷へ向かう。
取次の人間はルスタの後ろにいる親衛隊を見て、驚いた顔で屋敷の中に走っていった。許しがないまま、ルスタたちは鍵が開いたままの門を通り、中へ押し入る。
「何の真似だ! 何用で、グラエム様の屋敷に……!」
「貴族の……いや、次期国王である私の殺害を目論んだ罪でグラエム・シャハルを捕らえに来た。主人は部屋か」
「なっ……! 国王、だと……!」
「まだ知らせがいってなかったか? そうだろうな。王座を手に入れるために、手段を択ばぬ男にこんなことを知らせれば、どうなるかわからない。ウーゴ、こいつを頼む」
「はい」
「止めろ……!」
青ざめる男を突き飛ばし、ルスタは階段を上がっていった。喚き散らす男にウーゴが飛び掛かり、押さえつける。
使用人たちは物々しい雰囲気を見て、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
グラエムの部屋は一度だけ訪ねたことがあった。そのときはまだ、王位継承権を争う立場になく、ただ面会をしただけだ。当時から嫌味な男だと思っていたが、ルスタはあのときグラエムを失脚させる案を講じなかったことを後悔している。まさか、こんなことになるとは思いもしなかった。
「ここで待て」
部屋の前まで来てから、親衛隊に声をかけた。剣を抜き、ノックもなくドアを開け放つ。
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