2/365

1/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

2/365

 彼の話しをしよう。なぜって、今は少し時間があるから。ホットコーヒーも先ほど注文したところだ。  彼の生い立ちについて共有しておこうと思う。1983年の昭和58年生まれで現在34歳。東京で生まれ、京都の大学へ進学した際は家を出ていたが、今はまた家族と東京に暮らしている。両親は健在で一人っ子。  真面目で繊細で、幼少の頃から目が悪かった彼は、ハンカチとメガネクロスを肌身離さず持ち歩いている。以前、雨に濡れた彼のメガネをハンカチで拭いてやろうとすると怪訝な顔をされた覚えがある。  彼は京都の某有名大学に4年通った。広大なキャンパスは彼のお気に入りではあったものの、無駄に移動時間がかかるのはネックだった。入学してすぐそのことにストレスを感じた彼は、大学の構内図を入手し、ありとあらゆるルートで構内を歩き回った。その結果、様々な目的地に対する最短ルートを記した地図が完成し、彼は在学中“歩く案内板”と呼ばれたそうだ。講義に遅れそうな学生が彼を見かけると、必ずどのルートが最短かを問いかけるという。 それが本当だとしたら、卒業の時はさぞかし惜しまれたのだろう。  最短ルートを書き記した地図を処分せずに大学に置いてきてやればよかったのに、と私が言うと「みんなそれぞれの道を歩けばいいんだよ」と返事をされた記憶がある。理系のくせに哲学者みたいで笑った。  彼は今時珍しく、ハガキを定期的に活用する男だ。お世話になった教授や、職場の先輩、学生時代の友人に暑中見舞いなどの節目には必ず送っている。いうまでもなく年賀状ももちろん手書きだ。  ことわっておくが、彼はハイテクも愛している。スマホを愛用しているし、窓マークもリンゴマークも2台のPCを所有している。  宛名や住所くらいプリンタで印刷すればいいのに、と彼に言うと「名前や住所こそ、心をこめて書かなきゃいけない大切なものだよ」と彼には珍しく力強く説得された。今年も年賀はがきが発売される11月1日から、彼は毎晩年賀状を書き始めるのだろうか。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!