説得

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「うん、おふくろが、留守だって言うと泣きそうな顔をして帰っていく、っていつも言ってた」 「そうだったんだ・・・。でさ、あれなんだけど・・・」 「あれ?あぁ、おふくろが見たがってる、まさや君の遺品か?」 「うん・・、あれ、どうしたもんかなってさ・・」 「お前はどうしたいんだ?」 「正直、分からない・・」 「お前、あれを開けるのが怖いんだろ?」 「えっ?」 「怖いんだな?そうだろ?俺はお前の性格を誰よりも知ってるよ。あの中から、どんな真実が飛び出すのか・・・、それが怖いんだろ?」 「俺に嘘は無いよ・・・」 「まぁ、そうだ。お前は誰よりも信念ってやつを持ち合わせている男だからな。でも・・・、お前のそれが全てじゃ無いぜ?」 「どういう意味?」 「例えばさ、お前は俺の事を信頼してるだろ?」 「うん」 「それは、俺が自分と弟を比較したりしないし、弟より出来が悪くても卑屈になったりしないからだろ?」 「それだけじゃないよ・・・」 「俺が兄として、と言うより一人の人間として、お前と向き合ってると思うからだろ?」 「うん・・、まぁそうかな・・」 「俺はお前に、嫉妬したぜ?」 「えっ?」 「嫉妬だよ、嫉妬・・。お前の中の俺は、随分と出来た人間みたいだけど、実際の俺は、そんなに完璧じゃないよ。悔しかったし情けなかったよ・・。正直、お前が憎らしかったよ。驚いたか?」 「・・うん」 「だけど、一途に俺を慕ってくれるお前に、そんな所を見せられない、ってのが俺の意地だったんだ」 「意地・・・」 「あぁ。じゃぁ、俺がお前に勝てるのはどこだろう・・って考えた。人間性かもしれない、ってのが俺の出した結論だった」 「人間性・・」 「どこか一つでも良いから、優位に立ちたかったんだよな・・、きっと。自分の卑屈さに呆れたよ・・。でさ、お前の真っ直ぐな瞳に応えられるだけの寛容さを持とう、って決めた訳だよ」 「けっこう複雑なんだ・・」 「そうさ、人間ってのは案外複雑に出来てるんだ。1+1は、必ずしも2じゃ無いんだよ、分かるか?」 「・・・何となく」 「こんな事一つとっても、お前の思惑とは随分違ってる訳さ、なっ?」 「参ったなぁ・・・」 「お前の脳ミソは理系だ。だけど、感情はそうはいかない。お前の唯一の欠点は、何でも理論的に考えたがる所だ。人間の心理ってやつは、理屈では片付かないもんなんだよ」 「そっか・・」
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