願い

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 式が終り、呆れ顔の雛子と俺は、ホテルに移動した。明日から十日間のハネムーンに出発する。 「あんなに美味しそうだったのに、何も食べられなかった!悔しいぃ!」 と言う雛子の為に、ルームサービスを注文した。当の本人は、化粧の匂いで吐き気がすると、シャワールームに入っていった。(いつも素っぴんだからな) 「どうしたの?」 「えっ?」 俺は、ルームサービスが届き、雛子がシャワールームから出てくるまで、机の上の四角い包みを身じろぎもせず、ジッと眺めていた。おばさんからの、いや、まさやからのプレゼント・・、DVD・・。 「どうする?」 「うん・・」 「帰って来てから観るんでしょう?」 「うん・・」 「それとも、やっぱり今観ちゃう?」 「うん・・」 「どっちよぉ!」 俺達は、これを観たら、きっと旅行どころでは無くなるから、帰って来るまで我慢しようと決めていた。 「もぅ、やっぱり観よう!ねっ?気になって気になって旅行どころじゃなくなるかもしれないし」 「うん」 「我慢できないでしょ?今野君も気になるでしょう?」 「観るか・・・」 「待ってて!これ、食べちゃうから!」 雛子は、凄い勢いでルームサービスのサンドウィッチやらフルーツやらを食べ始めた。 「すっげぇ・・」 「うるさい!」 元々、雛子の食べっぷりは表彰状もんだが、今も凄い・・。これから毎日、この素晴らしい「食べっぷり」を見る事が出来るんだなぁ、とニヤニヤ笑う俺に、雛子は足蹴りを喰らわした。あらかた食べ尽した雛子と俺は、ソファーに腰掛けた。 「さぁ、良いわよ!」 「そんなに気合入れなくても良いんじゃないの?」 「そうなんだけど・・、何だか肩に力が入っちゃうのよ・・」 「クククッ・・、じゃあ、良いな?」 「うん」 俺はDVDを入れ、再生ボタンを押した。  暗闇の中から、見覚えのある建物がフェードインして来た。あれは、俺達が通った小学校だ・・。二人で良く行った駄菓子屋、立ち読みをしては怒られた本屋のおじさん、あぁ、あの路地は、まさやがランドセルの中身をぶちまけた路地だ・・。次々に懐かしい風景が映し出される。中学校・高校、そして俺の家と雛子の家・・。最後に、まさやの家の庭にあるブランコが映り、画が止った。目を凝らして観ていると、上から何かがヒラヒラと舞い降りてくる。 「驚いたなぁ・・」 「ほんと・・」 舞い落ちてきたのは、中学生の、高校生の、そして大学生の、雛子と俺のツーショット写真ばかりだ。 「こんな写真、持ってる?」 「いや、持ってない・・」 「いつの間に撮ったのかしら・・」 俺達は画面に釘付けになっていた。すると、脇からまさやがヒョコっと顔を出した。 「やぁ!」 俺の知っているあいつよりかなり痩せていたが、相変わらずの綺麗な顔。 「驚いたろ?良く撮れてるだろ?」 まさやはそう言いながら、画面の真ん中に椅子を置き腰掛けた。 「久し振りだなぁ・・。これを観てるって事は、結婚式は終わったんだな?雛子、良かったなっ!随分待ったもんなぁ、うんと悪い妻で良いんだぜ?たくや、良いよな? たくや、お前にこうやって話しかけるのは、何年ぶりだろう・・。本当は、たくやの格好良いタキシード姿や、雛子の天使みたいだろうウェディングドレス姿を見たかったけど、残念だよ・・。たくや、俺の日記、母さんから貰ったか?読んだか?これを観てるんだから、当然読んだよな・・。何かさぁ、お前に読まれるのは、ちょっと恥ずかしい気もしたけど、お前があれを読む頃には、もう俺はいないだろうから良いかなって・・。俺、お前を傷つける気なんて更々無かった。分かるよな?些細な誤解だったよな?俺達、今でも友達だよな?」 雛子の鼻をすする音が、微かに聞こえる。 「俺、お前があの日記を読んだ後の落ち込み具合がどんなか、良く分かってる。ゴメンな・・。でも、俺にとってお前がどんなに大事な存在だったかを知って欲しかったんだ。お前は俺の支えで、生きる糧だった・・。これ、凄い嫌だろう?負担だよなぁ・・。だけど、本当なんだ、仕方ないよな。俺、お前が大好きだ。生まれ変わっても、きっとお前を見つけ出せると思う。逝く時に、お前が傍にいてくれたら、どんなに心強いだろう・・・。無理だな・・。」 俺は、瞬きも出来ずに、画面の中のまさやを見つめていた。 「雛子、日記読ませてもらったか?長い間、ありがとう。本当に、心から感謝してる。雛子のおかげで、俺は、目を閉じればいつだって、たくやの姿が鮮明に浮かんだよ。体の事も気遣ってくれて、ありがとう・・。雛子にたくやを譲るのは、ちょっと悔しいけど、いや大分だな・・、まぁ、仕方ねぇな。雛子、たくやの事くれぐれも宜しく頼む!」 ぺこりと頭を下げたまさやが、動かない。俺は思わず「おい!まさや!」と叫んでしまった。頭を下げたままのまさやは・・・、嗚咽していた・・。 「たくや、お前に会いたい・・、会いたいよ。お前の声を聞きたいよ・・。大好きだった、お前の笑顔を見たいよ・・。傍にいて欲しいよ・・。ドルリって言ってくれよ・・。俺、怖いよ・・」 俺は泣いた。今にも消え入りそうなまさやが愛おしくて、泣いた。知らず知らずのうちに画面に近づいた俺は、触れるはずも無い画面の中のまさやに、何とか触ろうとしていた。雛子は、そんな俺の背中にしがみ付いていた。まさやは涙をグイっと腕で拭い、顔を上げて話し始めた。 「ゴメン・・、泣かないって決めてたのに・・。変な事言っちまったな。たくや、俺本当にお前に話したい事が、山ほどあるんだ。一日中喋っても足りない位に・・。きっと、もうそれも叶わないだろう・・。たくや、お前自己嫌悪に陥っているだろ?言っておくけど、お前の所為じゃないよ?そうだろう?その気になれば、いつだって仲直り出来たのに、俺が意気地なしだったんだ。アクションを起さなかった、俺の責任だよ。ずっと待ちの姿勢だった、俺が悪いんだ。俺はお前に感謝してる。だってお前のお蔭で、こんなに長生き出来たんだからさ!だから、お前には幸せでいて欲しい。お前が幸せなら、俺はそれだけで良いんだから・・。たくや、俺、お前が本当に好きだった・・」 まさやの頬を、止め処なく涙がつたい、何とも言えず美しかった。雛子は、俺の背中で、夜も日もなく泣きじゃくっていた。 「あぁ、それから、最後に二人にお願いがあるんだ。母さんの事だけど・・。俺が逝ったら、一人ぼっちになるだろう?時々、遊びに来てやってくれないかな?雛子はしょっちゅう来てるだろ?だからいつも通りで良いんだけど、たくやも時々会ってやってくれないかなぁ・・。母さんはたくやを、まるで俺の兄弟か何かの様に思ってるんだ。駄目かな・・、良いよな?それから、二人に子供が出来たら・・」 「まさや、そろそろ行くわよぉ!」 「今行くよ! これから病院だ。続きは又後で・・」
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