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 駅に着くと階段を上って改札口を入る。そこで足を止めた。右に行くのか左に行くのか。右は難波方面と高師浜方面、左は和歌山市方面のホームがある。考えてもわからないことなので、とりあえず右側の階段を降りた。目の前に高師浜線のホームが見えるが誰もいない。折り返して難波方面のホームを走る。時折対岸にも目を遣りながらホームの端まで小走りに進んだが、母はおろか老人の姿は一人も見かけなかった。念のために引き返し、今度はゆっくりと歩きながら気配を探すが、やはり母の姿はない。難波行きホームの端に懐かしいベンチが見える。洋介を子供時代の思い出に誘うような、古ぼけた色調の木のベンチだ。  洋介はベンチの前で歩を緩めたが、母のとぼとぼと歩く姿を思い浮かべて階段を上った。反対のホームから見てはいたが、念のため和歌山市方面のホームにも降りてみる。端から端まで走っても、やはり母の姿はない。考えてみたら駅にいたということは電車に乗ってどこかに行くのか、どこかからやってきたかのどちらかだろう。だとすればいつまでも駅にいるとは考えにくい。     
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