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 これ以上同じ場所をうろついていても埒があかないと思い、もう一度駅へ戻ることにした。階段を上り、改札口を通り、階段を降りる。戻ってきたはいいがどこへ行こう。ちょうどホームに入ってきた高師浜線に乗って家に向かおうか。何時間も歩き回って、母も事務所も見つけられず、ただ無駄に時間を浪費したという事実が洋介の頭にのしかかった。時間が経つにつれ、母の存在が遠くなっていく気がする。今日のうちに見つけられなければどうなるのだろう。毎日会社を休んで探すことはできない。もし見つかったら早いうちに施設に入れることを考えなければならない。母は想い出のある家を離れるのを嫌がるかも知れないが、また同じことがあっては堪らない。  ふと誰かに呼び止められた気がして振り返ったが、人の影はなかった。そこには古ぼけたベンチが佇んでいるだけだった。改装して新しくなった駅舎や自動改札機、二両編成に増えた高師浜線、なにもかもが変わっていく駅のなかで、このベンチだけは変わらずいつまでも同じ姿を留めている。  変わらぬ姿に吸い込まれるように、洋介はベンチに座った。脚で肘を支え、両手で顔を包む。目を閉じると暗闇のなかに蠢く影が見える。  いつのことだったか、同じような体験を洋介はしたことがある。このベンチに座って膝にうつ伏して、ヘドロに埋もれてしまったら見える光景はこんなだろうかと想像し、ひどく怖くなったことが確かにある。     
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