4/6
前へ
/20ページ
次へ
 洋介は自分の体が縮んでいくのを感じた。心が時間をさかのぼり、幼い日々へ帰って行く。それまで意識したことのなかった幼稚園の門。ここに外と内を隔てる境界があるということ。それに気づいてしまった途端、洋介はなかに入ることができなくなった。皆と同じ世界にいられない。どうせ拒絶されるならはじめから入らない方がよい。友達の家に行かなければスパイよばわりの陰口を聞くこともない。そう思い、「忘れ物をした」と誰に言うともなく嘘をついて、返事も待たずに駆け出した。  一直線に家に帰った。自分が落ち着けるのは、無条件でただそこにいてよいのはこの家だけだった。玄関の取っ手をひねった。鍵がかかっている。扉の横の呼び鈴を押した。返事はない。蝉の声が大きくなった。もう一度押した。いくら待っても誰も出てこない。もう自分には帰る場所がない。そう思った瞬間にとてつもない恐怖に襲われた。 ──そうだお母さんのところに行こう。  洋介は駆け出した。伽羅橋駅に向かって全速力で走った。息が苦しかった。国道二十六号線と交差する高架を高師浜駅に向かって走る電車が見えた。ちょうど今頃、改札口に駅員が出ているはずだ。足を緩めて駅まで歩いた。駅員の姿は見えない。改札口を走って抜けると階段を駆け上がった。ホームまで上がらずに階段に立って隠れる。電車が入ってドアが開くと、降りてくる人と交差するように素早く乗り込んだ。ドアが閉じて電車が動き出す。どうやら見つかってつまみ出されることは避けられたようだ。     
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加