高値の理由

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 残る問題は一つ。このDVDを買った二十万円は、取材費用の名目で全額降りてくれるかどうかは不明なのだ。万が一、取材費で何とか出来なかった時のことを考えると……キャンセルの連絡をしておいた方が無難だ。  明日になったら、安部切人にキャンセルの連絡をしよう。  それから、一週間が経った。  風見はウキウキしながら、電車の来るのを待つ。彼が以前、ある新人賞に応募した小説……それが、何と最優秀賞に選出されたのだ。賞金は百万円で、さらに書籍化もされる。今日は、その書籍化にあたっての打ち合わせなのだ。  今は通勤の時間帯だ。駅はとても混んでいる。人混みの中で、風見は息苦しさすら感じた。今までは、こんな時間に電車に乗ることなどなかったが、今日は特別だ。  風見は今、とてもいい気分だった。したがって、彼の頭から安部切人に関する件は完全に抜け落ちていた。入賞の知らせを聞いた風見は、浮かれ気分であちこちの友人たちに連絡していたのだから……そのため、キャンセルの連絡をするのを忘れていた。そもそも、忘れていることすら記憶になかったのだが。  駅員のアナウンスが聞こえてきた。ようやく電車が来る。それにしても、この人の多さは何なのだろう。風見は電車に乗り込んだ時の状態を想像し、思わず顔をしかめる。痴漢に間違えられることだけは避けなくては。  直後、背中に電流が走った――  それは比喩的な表現ではない。文字通り、背中に電気による衝撃を受けたのだ。風見のこれまでの人生において、感じたことのない激しい痛み。風見の肉体は、その苦痛から逃れようと反射的に前方へ飛び出していた。  だが、そんな風見の事情などお構い無しに電車は走っている。  次の瞬間、風見は線路に落ちた。数十万ボルトの衝撃は凄まじく、彼は止まることが出来なかったのだ。  そこに電車が突進して来る。巨大な鉄塊は、情け容赦なく風見を潰す。彼は一瞬にして挽き肉になった。痛みを感じる暇すらなかったのが、風見にとって唯一の救いだろう。  風見の死は、自殺として処理された。新人賞に選ばれてしまったプレッシャーに負け、電車に飛び込んだ……コメンテーターは、彼の死をそう結論づけたのだ。  背中にスタンガンによる火傷があったことなど、誰も知らなかった。  ・・・
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