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昼
目隠しをされ、外からの景色は微かな光だけだった。
「お母さん、遊園地に行った時、ピエロがすっごく怖かったんだ。顔が真っ白なのに鼻だけ赤くて。あとジェットコースターも怖かったな。お母さんもジェットコースター怖かった?」
「・・・」
返答は無かった。
だが分かっていた。
この車を運転しているのは母親なのだと。
後部座席から運転手に顔を近づけると、確かに自分の愛する母親の香りがした。安心して再び座った。
途中で何度かトイレのために外へ出た。もちろん目隠ししたまま。風が冷たかった。
(鳥が鳴いてる・・)
「お父さんはなんで後ろに乗ってるの?」
問いかけたが
「・・・」
返答は無かった。
大人では狭い車内でも、子どもには十分横になれる広さだった。
何時間眠っただろう。
道中車が揺れるため意識が現実に戻ったが、たしかに夢を見ていた。
腰あたりまである草をかき分け父親に向かって走っていく。抱きかかえられそのまま肩車してもらった。幸せな記憶だった。
目が覚めると布からは黄色い光が差し込んでいた。
(トンネルだ・・・長いな・・)
黄色い光から抜けると何の光も入ってこなかった。
タイヤが砂利の上を走っているのを感じた。
途端に急ブレーキを踏み車は止まった。
「もうこれ取ってもいい?」
布をこっそり取ろうとしたが固く取れなかった。
すすり泣く声が聞こえた。
「ごめんね」
目隠しが取られ母親の顔が見えた。車のライトで微かに見える母親の顔にはいくつもの傷があった。
「なんで怪我してるの?」
「今言うのはお母さん悲しいから、向こうに行ったら教えてあげるね。」
「向こうってどこ?どこかいっちゃうの?」
急なことで頭が回らなかった。
母親はシートベルトもしめずアクセルを踏みしめた。
「お母さん、待って」
車は宙を舞い体が浮いた。
ジェットコースターに乗った時の感覚を思い出し体がこわばった。
あの時は寒かったが今は違った。宙に浮く体を母親が必死に抱いていた。暖かかった。
「ごめんね」
母親からの言葉が聞こえた瞬間車の硝子は割れ、水が入ってきた。
それが最後の記憶だった。
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