0人が本棚に入れています
本棚に追加
「綺麗ね」
「ああ、そうだな」
行き交う人たちが足を止めて、僕たちと同じようにクリスマスツリーを見上げたり、スマートフォンで写真を撮っていた。
「街が変わってしまうのは、寂しいな」
「そうかしら?わたし、あの居酒屋さんも今のこの街も結構好きよ」
新しい居酒屋さんは、料理もお酒も美味しくて、客足の絶えない繁盛店で、訪れる人たちを楽しい気分にさせていた。
駅前の商店街のお店もだいぶ様変わりした。
街は、以前よりも活気づいて、人の往来も多くなった。
でも、僕は悲しかった。
僕の馴染みのお店は、元気のいい居酒屋に変わってしまった。
歩美さんはこの街からいなくなってしまった。
「でも、やっぱり寂しいや」
「そうね」
僕の胸に宿るノスタルジックな悲しみが、僕の胸に宿る理由を、僕は知っている。
写真を職業にしようとしている君も、知っているだろう。
失ってなお、失いたくないと思う気持ち。
僕たちは、あの頃の街に取り残された亡霊のようだ。
それは、毎年この季節になると現れる、このクリスマスツリーが見せる幻想のようなものなのかもしれない。
「ねえ、あの写真見てどう思った?」
僕は黙ってクリスマスツリーを見上げていた。
クリスマスツリーは何物にも染まらずに、堂々と立っている。
「これで、雪でも降ったら素敵なのにね」
「ああ、そうだな」
雪の 匂いがする。
今夜は雪が降ることを、僕は知っている。
雪が降る前にこの思いを伝えないと、蘭に届かないのだろうか。
少し、癪だと思った。
最初のコメントを投稿しよう!