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再会を約束した店がすでに様変わりをしているのは知っていた
「らっしゃい!」
藍色のきれいな暖簾をくぐると、威勢のいい声が迎えてくれた。
小さな居酒屋だ。四人用のテーブル席は三つとも賑やかに埋まっていたので、空いているカウンター席に腰を下ろした。
「生ビール一つ」
暖かいおしぼりで顔を拭って一息ついた。寒さで自分のからだが強張っていることに気付いた。
紅葉のピークを過ぎた十一月下旬。気の早いもみの木はLEDを身に纏い、クリスマスツリーに変身した。
紅葉を散らす木枯らしが頻繁に吹くようになった外に比べて、店のなかはとても暖かい。
改めて回りを見渡すと、店のなかがちゃんと居酒屋になっていることに驚いた。
こうも、変わるもんだな。
もともと、この店は大学生時代のぼくの行きつけのカフェだった。
後ろの棚には日本酒や焼酎の瓶がぎっしりと詰まっていて、カウンターの上には醤油、塩、こしょう、その他の調味料セットが等間隔に並んでいる。窓には障子が、壁にはお酒の宣伝ポスターが貼ってある。
でも、棚もカウンターも窓も壁もあのころのまま、なにも変わっていない。店のあちこちに昔と同じ部分を見つけ出しては、あの頃を懐かしんだ。
明らかに、圧倒的に違っているのは、カウンターにいるのが、威勢のいいおっちゃんと兄ちゃんの二人であって、憧れの歩美さんではないことだ。
僕が大学を卒業して社会人になった年に、歩美さんは店をたたんで実家に帰ってしまった。
よく冷えた生ビールが、せまい喉を通り抜けて腹に落ちていく。
カウンターの奥にあるおでんから立ち上る湯けむりを見つめながら、その向こう側に立つ歩美さんの姿を思い出そうと意識を集中する。
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