前世

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 揚座敷に収容される囚人は、お目見え以上の御家人だ。それか高僧や神官。それなりの将軍家直参、石高も相当な旗本が収容されることは、まずめったにない。  牢屋の開閉やカギの管理をしていた鍵役は二人、そのうちの一人が俺だった。牢屋敷内全部の鍵の管理と保管、囚人の出入りに関する一切の事務を任されていた。  囚人と言えど、御家人以上は駕籠で運ばれる。武士である身分なら、そう取り乱していることもない。だがあの方は、その佇まいは水のように澄んでいた。  罪を犯した人間は、どこか後ろめたさ、後ろ暗さを抱えているものだ。どれだけ高貴な人間でもそうだ。人間の本質は身分によってなど隠せないというのが俺の持論だ。  思想犯ならそういった、罪を罪とも思っていないゆえの信念がそうさせる場合もあるだろうが、その御方、八島清史郎(やしませいしろう)様の様子は、悟りの境地に至った方とはこうした雰囲気を醸し出すのかもしれないと思ったものだった。  八島様は千二百石の直参旗本である。一般牢の囚人のうち、軽い罪のものを下働きとして揚屋につけ、身の回りの世話をさせることが可能だった。だが、八島様は最初の頃は不要、と、下男を退けた。     
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