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 牢内は、外側は格子で、その先に土間があり、牢房は内格子で囲まれている。いわゆる二重構造だ。牢内を『内鞘』と呼ぶのに対し、その手前の土間を『外鞘』または『鞘土間』と呼んだ。  揚座敷の内鞘は七畳ほどの大きさの部屋が二つあり、畳敷きである。その畳の上を筆が転がってこちらにやってくるのを見た時、俺は何を思ったか内格子の中に手を入れようとした。だがその前に、筆を追ってきた八島様の手が、内格子に触れた。  内格子を掴もうとしたのか、八島様の手を掴もうとしたのか、分からない。  格子越しではあったが、間近で八島様の顔を初めて見て、その温もりに、初めて触れた。  ほんの一瞬だったのだろう。互いに見つめあって、互いの熱を感じたのは、ほんの、風がそよぐほどの間でしかなかったと思う。  だがそれでも、俺はあの一瞬の熱を、この指先に思い出せる。  あの時の想いを、この現代の言葉で表すとしたら、  俺はあの時、あの人に、恋をした。  身を焦がすほどの、恋に落ちたのだ。  
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