155人が本棚に入れています
本棚に追加
完全に陽の光が現われるまで、真那賀は見えないと言って歩き出そうとしなかったが、出勤するサラリーマンや学生が駅方面に向かう姿が見え始めた頃、ようやく重い腰を上げた。
猫の目線になると低すぎて、ここがどこなのかさっぱり分からない。帰る場所が分からないので真那賀の後ろについていこうとすると、さすがに猫が人の後ろを歩く姿は妙に思われると懸念したのか、真那賀は俺を腕の中に招いた。
面白いくらいに身体が丸まり、人の腕の中に収まる心地よさと言ったら、自然と喉を鳴らす習性が表に出てしまったほどだった。
はあ、極楽、極楽。
「皆さんそうおっしゃいますね。私も、生まれ変わったら猫になりたいですよ」
お前さん、抱き方が上手なんだ。
「それはどうも。まあ、私が大事にしているのは影虎の身体で、あなたではありませんが」
綺麗な顔して結構言うな……。
あの方を、思い出す。
「前世で心残りだった方ですね? 私で思い出すということは、男だったのですか」
そう。男だった。お前さんほどぞっとする美人ではなかったが、本当に、涼やかな、綺麗な人だったよ。
それでも凛として、人とは一線を画していた。
他人を容易に寄り付かせないために、お前さんのような口調で、さりげなく人を避けていたよ。
「……別にそんなつもりはありませんが」
ああ、気にするな。そう感じただけだ。
あの人が人を避けるのは仕方ないことだったんだ。
獄に、繋がれていたんだから。
最初のコメントを投稿しよう!