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ウキウキしながら和菓子屋の近くまで来た菊江は、足を止める。視界には、上品な花街で浮いている一人の白髪の男が入った。
皆が厚着している中、その男は薄着だった。キャメル色のキャスケットに、薄汚れたズボン。白いワイシャツに、サスペンダー。それから、ダークブラウンのブーツに十字架のネックレス。肌が白いせいか、赤くなった指先と鼻先、耳が目立っていた。かなり端正な顔をしている。
その男は道の端に座り込み、「靴磨き 千円」と書かれたスケッチブックを立てていた。誰もが通り過ぎる際その男を見る。その視線が不快なのか、男はキャスケットのツバをクイッと下げる。
(なんで花街選んでもうたんやろ。意識高い人多いさかい、すぐ通報されてまうのに……ううっ!?)
菊江は表情を強張らせる。男が顔を上げて菊江を見た。目が合ってしまったのだ。そして目が合った瞬間、菊江は分かってしまった。男の方も菊江を見て目を丸くしている。そして、呟いた。
「ね……猫……?」
その言葉にビビった菊江が跳ね上がり、猛ダッシュで和菓子屋に入った。
「いらっしゃい。なんや、菊江ちゃん。お遣い? ……菊江ちゃん?」
(いやああああああ!! なんでぇ!? なんで花街に犬が居はるん!? いやああああ!!)
「ど、どないしてん菊江ちゃん」
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