第27話:行ったり来たり

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「そう。小汚い格好してはったし、家無しちゃうの? ほんま迷惑な話やわぁ。他所でやったらええのに。此処は家無しが来てええ街とちゃうわ」  随分ときつい言い方をする女に、店主は苦笑い。菊江はというと、飴を口内で転がしながら目を伏せて黙っていた。  先程の靴磨きの男が呟いた通り、菊江は人間ではない。正体は猫である。  今よりもっと寒い日。雪が降っていた日。菊江は猫の姿でこの花街を彷徨っていた。ろくに食事も摂れず、寒さに震えながら歩いていた。酷く汚れていた菊江を、皆が嫌そうな目を向けて避けていた。  もうこのまま野垂れ死ぬんだなと思って道に踞った菊江の目の前に手が差し出された。それが巴だった。 『今日も寒いなぁ。そないな所で寝たら死んでまうよ。おいで。綺麗にしたるさかい』  この言葉に、涙が出た。人間の世界に憧れて自分の意志で此処に来たのに、何一つ上手くいかなかった。元々お洒落が好きだったのに日に日に薄汚れていき、人間の友達を作って楽しい暮らしを夢見ていたはずが、餌を求めゴミを漁れば(ほうき)で打たれたり水をかけられたりした。人間が好きで憧れていたのに、いつしか人間が恐怖の対象でしかなくなっていた。     
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