第6話:知るべき痛み

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(なんだこの犬。人間みたいな反応して。というか大丈夫かこのじいさん。詐欺とか)  なんだか普通に心配になってきた文也。 「それ、大丈夫なんですか? 本当に」 「それ、とは?」 「いつも来るっていう青年」  老人は声を上げて笑う。まさかの反応に、文也はぎょっとした。 「もしかして、その青年が詐欺師だと?」 「……はい、まぁ……」 「ないない。有り得ん。詐欺師が一年以上もこのジジイに尽くすわけがない。詐欺師ならとっくに盗るもの盗って終わりだろう。それに……もう老い先短い。毎日ああやって一生懸命やってくれているあの子になら、俺の全てをやっても構わないとさえ思ってる。それくらいには、有難く思ってる。彼がいなかったら俺は死んでいる。悔いがあるとすれば、あそこまでやってくれるその青年の顔を知らずに逝くことだな」  文也はもう何も言えなかった。詐欺師じゃなかったとしたら、その青年は一体なんなのか。盲導犬協会の者でないことは確かだ。だとしたら、何の為に。 (世の中分かんねぇなぁ)  ラブラドールが古い一軒家の前で立ち止まる。 「ああ、着いたか蘭丸」 「ワン!」 「君もすまなかったね。どうも有難う。助かった」 「いえ……」 「さ、中に入ろう蘭丸」  文也は家に入る老人とラブラドールを見送った後、暫く立ち尽くす。     
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