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言いかけて文也は止めた。
「お前、ちょっと待ってろ。あと、それ食うなよ。そのパン。カビるんるんだらけだぞ。いいか食うなよ絶対食うなよ。振りじゃないからな」
文也はそういって走る。此処からあの老人の家は近い。なんだか嫌な予感がしたのだ。
(えっと、駄菓子屋……あった! あそこを左)
老人の家に着いた。思いきってインターホンを鳴らすが、反応はない。
(まさか中で倒れて)
「お兄さん、そこの家に何か用かい?」
背後から聞こえた声に文也が振り返る。五十代くらいの小太りな女だった。女は文也を見るなり黄色い声を上げる。
「ちょっとやだ! 原田文也じゃない! 嘘! え! さ、サイン……っ」
「あー……はは、どうもー」
女が慌ててだした手帳に、文也は慣れた手付きでサインを書く。
「やだー! テレビで見るより良い男ぉ! 娘も好きなのよぉ」
「いやぁ、こんな美人な奥方に言われると舞い上がっちゃうなぁ俺」
無論、美人とは程遠い。寧ろ醜女の類いだが、文也にとっては相手がどのような女性であれ褒めるのは呼吸することと同じくらい当然のことなのだ。筋金入りのフェミニスト、それが原田文也。
「それよりマダム、ここの家主は」
「知り合い?」
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