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文也は呆然としながら来た道を引き返した。あのラブラドールが盲導犬であることの違和感なんてどうでもよくなっていた。ただただ、やるせない気持ちで一杯だった。
息子は、あの老人の遺産だけはばっちり受け取ったらしい。老人にとって何よりも大事だったであろうあのラブラドールを追い出しておきながら。こんな非道なことあっていいのだろうか。あの老人はどれだけ無念だろうか。他人ながら、悔しくなってしまう。
あの老人は自分の全てを例の青年にあげたいと言っていた。本当にそうなら良かったのになと思わずにいられなかった。詐欺だろうがなんだろうが、失明したと知りながら何もしてこなかった馬鹿息子の手に渡るよりうんと良かったのではないかと。
「……お前、賢いな。本当に待ってたのか?」
目の前にはラブラドール。言われた通り、カビたパンを地面に置き律儀に文也を待っていた。
「お前、取り敢えず家に来いよ」
ラブラドールが目を丸くする。やはり人間みたいな仕種をする犬だなと、文也は少しだけ笑ってしまう。
「取り敢えず、な。俺がちゃんとお前の新しい飼い主探してやるから」
ラブラドールが、何かを訴えているかのように鼻をピスピス鳴らす。
「大丈夫だって。俺に任せな」
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