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それから二週間が経った。
もうジュンは居なくなったと言うのに、弥助達は変わらず瑠璃に良くしてくれる。弥助曰く、これも何かの縁ですから、らしい。極道はもっと怖いものだと思っていたのに、弥助達の存在があってそんなイメージがなくなってしまった。
前と変わらない生活が戻ってきた。ただそれだけだ。
「腑に落ちない顔をしているね」
久々にあの神社に足を運んだ瑠璃。そして当たり前のように居るあの不思議な男。瑠璃が心の中でスナフキンと呼んでいた男だ。スルーしたかったのに、声をかけられたら無視するわけにはいかない。
「お久しぶりです」
「最近見かけなかったから寂しかったんだよ」
「毎日此処へ?」
「此処には話し相手もいるしね。何より、あまり人が来ないから楽なんだ」
やはり変わっている。謎だ。
「で、何かあったのかな? 私で良ければ貴方の話を聞こう」
思い出した。この男が変なことを言った日に、ジュンと会った。あの時男は言っていた。犬が大好きになると。
「お兄さん……何者なんですか」
男はパラパラと本を捲り、そして閉じる。思わず見とれてしまうような、綺麗な笑顔で。瑠璃はゾッとした。全てを見られているようで。
「私はただの吟遊詩人さ。それ以外の何者でもない」
普通なら、何痛いこと言ってんだこいつと思うところだ。だが、この男は普通じゃないと瑠璃は感じたのだ。何が普通じゃないかなんて説明できない。ただ、そう感じた。
「犬は好きになれたかい?」
恐怖を感じ、瑠璃は言葉を返さず参拝もせず来た道を早足で引き返した。
「あら、逃げられてしまった。私、そんなに怖かったかな?」
男は草陰にそう問いかける。すると、ちりんと鈴の音が響いたと同時に「ふふっ」と誰かがおかしそうに笑った。
「そうか、怖かったか……次は気を付けよう」
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