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スズは真尋との暮らしを再開した。それから数日後の土曜日。相変わらず真尋は目を合わせないし、自分から話もしてこない。ただ変わった事と言えば、帰ってからすぐ自室に籠もらなくなったことだ。スズが座るソファーに自分も腰掛け、スズの話に素っ気ない言葉を返す。スズにとって、これは大きな変化だった。
土曜日と日曜日、真尋は外に出ない。だが珍しく、何処かに出かける支度をしていた。スズは黙ってそれを見る。
「君はその格好で外に出るのか?」
「え?」
スズは真尋の言葉に首を傾げる。真尋は気まずそうにスズから目を逸し、口を開く。
「オススメのカフェ。今度連れて行くと君が言っていただろう」
「!!」
「!?」
スズは犬の姿になり、無言で室内を全速力で駆け回ったり激しくグルグル回ったりしていた。柴犬流、喜びの舞である。スズは一分程それを続けた後、困惑する真尋の目の前で人の姿になってピョンピョン跳ねた。
「言ったぁ! オススメはね、ヨーグルトスムージー! 美味しくてね、身体がね、いっぱいぷるぷるしちゃうんだぞ! 行こ! 行こ!」
「あ、ああ……」
「そこには色んな仲間がいるんだ! 俺が一番ね、良い奴なんだけどね、皆も良い奴なんだぞ! あ、でもね、涼はちょっと嫌なやつだからね、俺が守るぞ!」
「……ああ、頼りにしてる」
「!!」
それから約五分程、真尋は柴犬流喜びの舞を見せられる羽目になった。
まだまだ先は長いが、少しずつでいいかと真尋は肩の力を抜いた。小さな身体に見合わない大きな愛を投げてくる目の前の少年にまだ躊躇いはあったが、少しずつ向き合ってみると決めた。
気付いてしまったのだ。いつのまにかスズの「おかえり」という言葉に安堵している自分にも、どうでも良い勇太のLINEを心待ちしている自分にも。
そしてこの感情が、とても心地が良いものだということも。
《第30話に続く》
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