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十日後、一同は坂本動物病院にいた。手術室には、ゴールデンレトリバーの太郎。
涼が梅吉に連絡し、診察するよう頼んだのだ。治療費は、爽輔が将来仕事をするようになった時、少しずつ返すことになった。他の病院ではまずやってもらえない対応である。
詳しい検査をした所、梅吉が告げたのは滑膜肉腫。片足を切断することになった。まさに今、その手術中なのだ。手術が始まってもう三時間以上が経過している。そして。
「はい、成功。大丈夫だよー」
笑顔で梅吉が手術室から出てくる。皆が安堵の息を吐いた。
「今はまだ麻酔効いてるから寝てるけど、頑張ったねって撫でてやって」
爽輔が太郎の元に行き鼻を啜りながら優しく撫でている最中、文也は病院の外で電話をしていた。相手は、文也と仲の良い音楽事務所関係者である。
「なによ。キャバクラのお誘い? 今日は駄目だぜ」
『違ぇって! お前こないだ生放送で歌ったろ? そん時歌ってた男の子いるじゃん? 紹介してくんねぇ?』
「……何お前そういう趣味なの? 近寄らないで」
『違ぇわおっぱい好きだわ! そうじゃなくてさぁ、うちの社長がうちの事務所にその子欲しいってよぉ……』
「へ?」
『なんか、育てたいって』
この男が勤めている事務所は、アットホームで有名な事務所だった。所属しているアーティストと社長、社員の絆が強く、家族みたいな関係を築いている良心的な事務所なのだ。そこの社長とも社員ともアーティストともたまに飲む文也はよく知っていた。
「マジで?」
『マジマジ。社長、あの子の声に惚れちゃってさ。だから育成して、売り出す気ようちの社長』
「言っておくけど超緊張に弱いぞ」
『そんなんあれ見てたら誰でも分かるわ』
「……まぁ、一応話してみるわ」
よろしくぅ! という軽いノリの男の声を聞いた後に通話を切り、文也は青い空を見上げた。
「人生何が起こるか分かんねぇもんだなー……」
数年後に爽輔が国民的アーティストになるとは知りもせず、文也はのんびりと欠伸をしたのだった。そしてデビューシングルのCDジャケットに、三本足で元気に走り回るゴールデンレトリバーが写る事も。
〈第19話に続く〉
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