第18話:踏ん張るべき瞬間

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***  十日後、一同は坂本動物病院にいた。手術室には、ゴールデンレトリバーの太郎。  涼が梅吉に連絡し、診察するよう頼んだのだ。治療費は、爽輔が将来仕事をするようになった時、少しずつ返すことになった。他の病院ではまずやってもらえない対応である。  詳しい検査をした所、梅吉が告げたのは滑膜肉腫。片足を切断することになった。まさに今、その手術中なのだ。手術が始まってもう三時間以上が経過している。そして。 「はい、成功。大丈夫だよー」  笑顔で梅吉が手術室から出てくる。皆が安堵の息を吐いた。 「今はまだ麻酔効いてるから寝てるけど、頑張ったねって撫でてやって」  爽輔が太郎の元に行き鼻を啜りながら優しく撫でている最中、文也は病院の外で電話をしていた。相手は、文也と仲の良い音楽事務所関係者である。 「なによ。キャバクラのお誘い? 今日は駄目だぜ」 『違ぇって! お前こないだ生放送で歌ったろ? そん時歌ってた男の子いるじゃん? 紹介してくんねぇ?』 「……何お前そういう趣味なの? 近寄らないで」 『違ぇわおっぱい好きだわ! そうじゃなくてさぁ、うちの社長がうちの事務所にその子欲しいってよぉ……』 「へ?」 『なんか、育てたいって』  この男が勤めている事務所は、アットホームで有名な事務所だった。所属しているアーティストと社長、社員の絆が強く、家族みたいな関係を築いている良心的な事務所なのだ。そこの社長とも社員ともアーティストともたまに飲む文也はよく知っていた。 「マジで?」 『マジマジ。社長、あの子の声に惚れちゃってさ。だから育成して、売り出す気ようちの社長』 「言っておくけど超緊張に弱いぞ」 『そんなんあれ見てたら誰でも分かるわ』 「……まぁ、一応話してみるわ」  よろしくぅ! という軽いノリの男の声を聞いた後に通話を切り、文也は青い空を見上げた。 「人生何が起こるか分かんねぇもんだなー……」  数年後に爽輔が国民的アーティストになるとは知りもせず、文也はのんびりと欠伸をしたのだった。そしてデビューシングルのCDジャケットに、三本足で元気に走り回るゴールデンレトリバーが写る事も。 〈第19話に続く〉
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