クモ

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クモ

 園庭の片隅で、雲を見ていた。  秋の空は高く、爽やかな青の中に細々(こまごま)とした雲が群れをなしていて、わたしはその群の配置の不思議に思いを馳せていた。  ――と、何かが視界の端でひらめいた。視線をやると、それは小さな蝶だった。  ああ、ちょうちょうだ。そう思った時、ひとりの園児がその蝶に気が付いた。  「かわいい」などと言って、彼女は蝶を追いかけた。四苦八苦してようやく女児は蝶を手の内に捕らえた。指の隙間から覗き込み、笑っている。  一部始終を見ていた園児たちが、その女児の周りに集まって「みせて」だの「かわいい」だの「すごい」だのと騒ぎだした。  その騒ぎを聞きつけたある男児が、女児の手から無理矢理に蝶を奪い取った。男児は「とべ」と蝶を放り投げたが、蝶は失墜し地に落ちた。どうやら奪われた拍子に羽を破いてしまったようだった。  女児は泣き出した。蝶が死んだと思ったのだろう。  周りの園児が男児を責め出した。男児は悪態をついていた。男児の味方をする園児もいた。  皆、男児の非道の追及と、その弁護に夢中になり、もはや蝶のことは忘れているようだった。女児が教室に戻り、男児がそれを追いかけてゆく。  わたしは落ちた蝶の元へと歩み寄った。多量の圧力がかかったにも関わらず、蝶はまだ生きていた。  わたしは蝶を掬い上げ、木に掛かった蜘蛛の巣に蝶を(ほう)った。  蜘蛛は僅かに残った羽をむしり取り、糸で簀巻きにした。そうして、うまそうにかぶりついて食事を始めた。  黒と黄色のだんだらを見ていると、遠く先生が呼ぶ声がした。クラスの皆が集められている。わたしも一応同じ教室だから、先生の元に戻った。  先生はどうやら争いとその経緯を知ったようだった。そうして、全員に「いじわるをしてはいけません」と「いのちをたいせつにしましょう」というお説教を始めた。  わたしには関係のない話だと思った。わたしは命を粗末に扱ってなどいないのだし。  先生がわたしを見ていないのを幸いに、顔を背ける。  蜘蛛は食事を終えただろうか。  園庭の片隅の、蜘蛛を見ていた。  
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