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「朱音、花火でもしようか。」
そんなことを父が突然言い出したのは三月の下旬のことだった。
雪は溶け、桜は蕾を開かせ始めていた。
春の香りは強くなっているけれど、夏の香りなんて全然しなかった。
「別にいいけど。なんでこの季節?」
「花火は記憶によく残るんだよ。お前明後日引越しだろ?最後に何か娘と思い出でも作りたいと思ってな。」
父の言う通り、私は明後日、十九年過ごしたこの家を出る。
一浪して都会の大学に受かり、念願の一人暮らしをすることになっているからだ。
だから、父に寂しそうな顔で思い出作りなんて言われてしまったら、家を離れる親不孝な娘である私はその願いを断るわけにはいかかった。
「別にいいんだけど、最後って言うんなら明日の方がいいんじゃない?」
素直な疑問を口にすると父はフッと悪戯っぽく笑った。
「日付的には明日だよ。日付をまたいで午前三時半に縁側に集合な。ちゃんと目覚ましかけとけよ。」
なぜそんな時間に、という疑問は父がそそくさと部屋に戻ってしまったので口にできなかった。
(まぁ、どうせ下らないこと考えているんだろうなぁ……)
そう思ったけれど、どんなに下らなくても父の行動に意味がなかったことはなかったから、素直に部屋に戻って午前三時半にアラームをセットし、少し早めの就寝についた。
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