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「どうした?突然呆けて。」
父に声をかけられて意識を戻した。悲しむのは本当の最後まで取っておこう。今は目の前の父との思い出作りを楽しもう。そう思って私は近くにあった花火を手にして曖昧に笑った。
「なんでもない。さ、花火しよう?早くしないと日が昇っちゃうよ。」
「そうだな……じゃ、花火持ったか?火付けるぞ。」
父が花火の先端にライターの火を近づけると、一瞬火が灯った後に光が弾け始める。
赤、青、緑、黄色、目まぐるしいほどの色の奔流を放つそれはどうしようもなく綺麗だった。
本当に綺麗なものは季節なんて関係なくて、永遠だ。
「綺麗だな。」
「うん……すごく、綺麗。」
そう言うと父は嬉しそうに花火を見ながら笑う。
それを見て少しだけ私は泣きそうになった。
「変なこと言っていい?」
「いつも言ってるだろ。」
「もう、茶化さないでよ。」
少しだけ睨んで、軽く肘で脇腹を小突く。
「熱っ、花火を持ってるときにそういうことをするんじゃない。」
「今のはお父さんが悪い。」
そう言って、私はもう二、三回脇を肘で小突いた。
「悪かった、悪かったって。」
「分かればよろしい。」
私が小突くのを辞めると、父は火の粉が飛んだ部分を軽くさすって私に問う。
「で、どうしたんだ?」
「んー……なんとなく、明日世界が滅ぶならこうやって花火がしたいなって思ったの。」
いつもの下らないノリのせいで少しの言いづらさがあったが、私はなんとなく言おうと思った。偽りなく、本心だったからだ。
なにもかも終わりを迎えるとしたら、私は間違いなく父の笑顔と、母の温もりと、この花火の美しさを望むだろう。
私の言葉を聞くと父はとても穏やかな微笑みを浮かべた。
「俺も……そう思うよ。世界の終わりには花火が良く似合う。」
胸が疼いた。とても良い言葉だと思った。
その言葉がなんとなく素敵で、私は心の中で繰り返した。
「そっか、花火は世界の終わりなんだね。」
私がそう言って、新しい花火に火を付けると、父も何も言わずに火を付けた。
きっと今日は世界が終わる前日なんだと思った。
私たち家族の日常という一つの世界が確かな終わりを迎える日。
父がなぜ花火をしたいと言ったのか少しだけ理解できた気がする。
目の前の景色が少しにじんだけれど、私はバレないように瞳を拭って、花火を眺め続けた。
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