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「さて、ようやく主役の登場だ。」
父が取り出したのは線香花火だった。
「線香花火が主役なの?」
「あぁ、今日花火がしたかったのも、本当はこいつをやりたかっただけだからな。ほら、一本持て。」
私は促されるままに線香花火を持った。
手の平に伝わってくる重さは全くと言っていいほどなくて、そのことで少し虚しくなる。
「もう結構明るいけどいいの?」
朝焼けも薄まり、空も澄み渡る青になり始めている。
花火をするには少し明るすぎるように感じた。
「良いんだよ。大事なのは線香花火の音だからな。」
「線香花火の……音?」
「そうだ。線香花火はな、さよならの代わりの音を知っているんだよ。」
その言葉を聞いて、何故か胸が少し切なく疼いた。
「なんで線香花火がさよならの代わりをするの?」
そう問うと父は少しだけ懐かしそうに目を細めた。
「さよならって言葉はな、そのまま音にすると余りに寂しくて悲しいんだ。まるで、永遠のお別れみたいにな。だから、その代わりの音を優しい線香花火にしてもらうんだ。さよならを一瞬のものにするために。もう一度、お前に会えるように。」
そう言う父の瞳は少しだけ潤んでいた。
その時、私はやっと今日の花火が全て父なりの別れの挨拶なのだと気づいた。
そしてそれに気づくということは別れを明確な形にするということだ。
それは、私の中の悲しみや不安、そう言った色々な感情が混ざったものをどうしようもなく溢れさせた。
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