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小さな手に叩かれて、やれやれと桜雉は身を起こした。一緒になって起きようとする息子を、布団の中に押し込んで押さえつける。
「知りたいかい?」
自分によく似たつり目の瞳が、期待を込めて桜雉を見上げていた。
「本当かどうか、大きくなったら自分で確かめといで。三人そろえば、真実にたどり着けるさ」
夜更かしばっかりしてると、大きくなれないぞ、と燭台の明かりを吹き消すと、二人の姿は暗闇に沈む。
ぶつぶつともんくを言う声が小さくなるのを見届けて、静かに外に出た。
冷えた風に髪を預けながら、細い月の浮かぶ空を見上げる。怜悧な月光のなか、たくさんの星が瞬いている。
こぼれ落ちそうなほど、満天の星空。
「あの日の夜空も、美しかったねぇ・・・蚕紫」
懐かしく愛おしい名を呼び、桜雉は細い月に向かって語り掛けた。
ざぁっと草木を揺らして、風が駆け抜けてゆく。波打つ草原の中、美しい少女の手を取って駆け抜けてゆく、在りし日の己の姿を見つけて、思わず手を伸ばした。
しかし、大人になった自分の手は、その背に触れることも出来ないまま空を掴む。風が止み、幻もすぐに消えてしまった。
「そうだな・・・」
過去に行くことは出来ない。行けるのはただ、未来のみ。
足音が近づいてきて、横に並んだ。
「良い夜だね、桜雉。どうだい?」
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